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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)5308号 判決

主文

一  被告らは各自原告に対し金三四五万五、九〇〇円とこれに対する昭和四二年三月二八日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

「被告らは各自原告に対し金五三九万七、四五八円とこれに対する昭和四二年三月二八日(本件不法行為の日の翌日)から右完済に至るまで年五分の割合による金員(遅延損害金)を支払うこと。

訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告有限会社日本ニユースポーツ(以下「被告会社」という)

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

三  被告山本国忠、同山本国雄(以下「被告国忠、同国雄」という)

「原告の請求を棄却する。」

との判決

第二原告の請求原因

一  傷害交通事故の発生

とき 昭和四二年三月二七日午後〇時七分ごろ

ところ 大阪府羽曳野市栄町五丁目二〇番地国道一七〇号線路上

加害車 普通貨物自動車(大阪四さ六五三六号、以下単に甲車という、運転者訴外舟橋孝郎)

同 第二種原動機付自転車(羽曳野市ろ一一七三号、以下単に乙車という、運転者訴外前堀恭宏)

被害車 足踏自転車(原告運転)

被害者 原告

態様 原告が、南北につらなる右国道の東側部分を足踏自転車に乗つて南進していたところ、その前方道路西側部分を北進していた乙車が、同国道から北東へ延びる道路との三叉路附近で、右折して右斜め方向の右支線道路へ進入しようとした際、折から乙車の東側を北進していた甲車が、乙車との衝突を避けようとしてとつさに右に進路を転じて対向車線上に進出し、原告に正面衝突して転倒させ傷害を負わせた。

二  責任原因

被告らは左の理由により原告に対し後記損害を賠償すべき義務がある。

(一)  被告会社 被告国忠

根拠 自賠法三条

該当事実 被告会社は甲車、被告国忠は乙車の所有者であり、それぞれ該車を自己のために運行の用に供していた。

(二)  被告国雄

根拠 民法七一五条

該当事実 被告国雄は、被告国忠の実兄で菓子類の卸売を業とし、右事業のために訴外前堀恭広を雇用していたものであるところ、同訴外人において右業務の執行中乙車により本件事故を惹起した。

なお、右業務の執行中であつたことにつき同被告のなした自白の撤回には異議がある。

本件事故は訴外前堀の過失に因るものである。けだし、車両は右折する際予め右折の合図をして道路の中央に寄らなければならないのに、訴外前堀は右両注意義務を怠り、前記交差点直前で急に進路を右に転じて中央に寄つたため甲車の進路を遮ることとなり、これが本件事故の原因をなしているものである。

三  損害

(一)  受傷

1 傷害名

脳挫傷

2 治療およびその期間

(1) 昭和四二年三月二七日から同年九月二五日まで入院して治療を受けたが、同年四月二九日まで意識不明であつた。

(2) 退院後も同年一一月までは毎月二回通院し、四回の投薬を受け、その後も毎月一回通院して診療を受け、四回の薬剤支給を受け続けており、この状態は終身続くものである。

(3) 現在、右半身麻痺で軽度精神障害を来し、臥床のままである。

3 治療費(将来) 七七万二、一七〇円

(1) 右退院後の治療費は、最初の二カ月間に四万五、七四三円、ついで昭和四三年一月一日から同年七月二〇日までに三万九、〇三〇円を要し、後者の治療費は一カ月につき五、八五四円の割合になる。又通院先である大阪府河内長野市木戸町国立大阪南病院は、原告自宅から私鉄で六駅目にあり、通院に要する費用は一カ月につき少くとも一、五〇〇円を下らない。

(2) かように、原告は昭和四二年七月二一日から(当時六五才)終身、つまりその余命である一一年間毎月七、三五四円(治療費と交通費の合計額)の診療費の出損を余儀なくされた。

これをホフマン式方法により年五分の中間利息を控除して算出すると七七万二、一七〇円となる。よつて、同額の将来の療養費を要する。

(3) なお、昭和四三年七月二〇日以前の治療費(合計九八万〇、九七六円)については、すでに強制保険により支払を受けたので請求しない。

(二)  逸失利益 三二二万五、二八八円

原告は本件事故により左記4のとおり得べかりし利益を失つた。その算定の根拠は1ないし3のとおりである。

1 職業、年令

株式会社阪南不動産(不動産売買仲介業)

従業員、事故当時六四才

2 収入

年平均三五万円

3 就労不能期間

本件事故時(六四才)から終生(余命一二・八二年)。けだし、右勤務内容は電話の取続ぎ店番等極めて軽度の労力しか必要とせずその勤務場所も原告自宅から徒歩で一〇分のところにあり、事故前身体強健であつた原告としては、同社に高令(七六才)の同種従業員が同様な勤務を現になしていることからしても、若し事故がなかつたならば終生同社勤務が可能であつた筈である。

4 逸失利益額

右期間中の逸失利益額をホフマン式方法により年五分の中間利息を控除して算出すると三二二万五、二八八円になる。

(三)  精神的損害(慰藉料) 三〇〇万円

右算定につき特記すべき事実は次のとおりである。

1 前記傷害の部位、程度と治療の経過および常時臥床、介護を要し、終身療養を要する後遺障害の存すること。

2 事故前原告の妻黒田芳子(五七才)の営んでいた人形製作の内職は、事故後原告の附添看護のため不能となつたこと。

3 原告は、事故前勤務先から取引相手を紹介する毎に前記収入のほかに特別報酬を受けており、これが年に四万円ないし五万円に達していたところそれも全然不能になつたこと。

4 被告らは原告に対し何ら誠意をみせていないこと。

四  損益相殺

原告は、前記治療費に関するもののほか、強制保険から合計一六〇万円を受取つたので、これを右損害合計額六九九万七、四五八円から控除する。

五  本訴請求

右損害金残額五三九万七、四五八円とこれに対する昭和四二年三月二八日(本件事故発生の日の翌日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

第三請求原因に対する被告らの答弁

(被告会社)

一  請求原因一(傷害交通事故の発生)ならびに二の(一)および二の(二)(被告らの責任原因)の事実のうち、本件事故が訴外前堀の過失に基づくものであることは認めるが、同三、四の事実は争う。

二  本件事故は、原告主張のとおり、右前堀運転の乙車が甲車の進路を突然遮つたため、甲車運転者訴外船橋においてこれとの衝突を避けるためやむなくとつさに甲車の進路を右に転じた結果生じたものである。右船橋のとつた緊急措置に非難さるべきところはなく、事故の責任は時間的にも距離的にもこれを回避し得る余裕のあつた原告の側に存するか、仮りにそうでないとすれば訴外前堀の側にのみ存するものである。従つて被告会社がその責任を負ういわれはない。

(被告国忠、同国雄)

一  請求原因一(傷害交通事故の発生)および同二の(一)(被告国忠の責任原因)の事実は認める。

二  同二の(二)の事実のうち被告国雄が訴外前堀の使用者で菓子類の卸商を営んでいたことは認める。右前堀が被告国雄の右業務執行中に本件事故を惹起したとの点につき、初めこれを認めたが、右は事実に反し且つ錯誤に基づくものであるから撤回し、これを否認する。前堀は私用のため乙車を運転中本件事故を起したものであり、客観的外形的にも被告国雄の事業とは無関係である。なお、訴外前堀の過失は争う。本件事故は甲車の運転者船橋の一方的な過失に因るものである。即ち、乙車が事故現場の南方にある横断歩道を通過北進し、北東の道路へ右折しようとして徐行していたところ、甲車が六〇キロメートル毎時の速度で猛進し且つ追越禁止区域である同所附近で乙車を追越そうとして乙車に接触し、その後も制動能力を失してついに原告自転車に衝突したものである。かかる甲車の無謀な運転をまで想定し、これに対処することまで考慮して運転すべき注意義務が乙車運転者(前堀)に課せられているものではない。右前堀も被告国忠も乙車の運行に関し注意を怠らなかつたものであり、乙車には構造上の欠陥又は機能の障害も存しなかつた。

三  同三の事実は争い、同四の事実は不知。

第四証拠〔略〕

理由

一  請求原因一(傷害交通事故の発生)の事実、同二の(一)(被告会社、同国忠の責任原因)の事実、および同二の(二)(被告国雄の責任原因)の事実のうち被告国雄が菓子卸商を営み、訴外前堀恭広を雇用していたことは当事者間に争いがない。ところで、被告らはいずれも自己の免責を主張して争つているので、以下本件事故の経緯から順次判断して行く。

二  本件事故の状況

本件事故の状況は左のとおりであり、他にこれを左右するに足る措信すべき証拠はない。

(一)  現場道路の状況

南北に直線の平坦なアスフアルト舗装道路で歩車道の区別なく、幅員(全幅)八メートルで、その中央に点線による中央線の表示があり、南から北への見透しは良好で、事故当時(午後〇時七分ごろ)人の往来は極めて少く、車両の往来は国道一七〇号線でもあり一分間に三〇台の割合で頻繁であり、その制限速度が四〇キロメートル毎時に規制されている区間であるほか、別紙図面表示のとおりである。(〔証拠略〕)

(二)  事故の状況

別紙図面によると、甲車が他車を追越して(1)地点に毎時六〇キロメートル位の速度で北進し、そこで(イ)点附近を毎時四〇キロメートル位の速度で北進している乙車を認めながら、道路左側部分にはいろうとして(2)点まで進行したところ、乙車が(ロ)点附近で右に、つまり自車の進路上に出て来たので急制動を施しつつ右に転把したが、(3)×附近で甲車の左側と乙車のハンドル右端附近が接触し、乙車が(ニ)点に転倒し、同車運転手前堀恭広が右肘部等に擦過創の傷害を受けた。甲車はなおも進行を続け、(B)点に乳母車を押して南進していた田中俊子(二五才)と、その北方(A)点を足踏自転車に乗つて南進していた原告を次ぎ次ぎに甲車の右前部ではね飛ばし、約三〇メートルのスリツプ痕を残して(5)点に西向きに停止し、右田中俊子に顔面挫創、左側頬骨骨折等の傷害を与え、乳母車に乗せられていた田中広美(一才)を頭蓋底骨折により死亡させ、原告に対し脳挫傷の傷害を負わせた。(〔証拠略〕)

三  被告らの責任

右認定の状況からすると、甲車が制限速度を越える六〇キロメートル毎時の速度で進行していたため、同車運転手において急制動を施したが本件事故の発生を回避できなかつたものであることが明らかであり、又乙車運転者においても、交差点において右折するに際し予め道路の中央寄りに移行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前記(ロ)点附近から急に右折を開始したため、その右後方を北進中の甲車の進路を遮ぎる形となり、これが本件事故の原因をなしていることも明瞭である。それ故、右両運転者の過失は否定すべくもなく、被告会社、同国忠の本件賠償責任はその余の事項の判断をまつまでもなく原告主張のとおりこれを認めざるを得ない。

そこで、被告国雄の自白の撤回の適否について検討する。前記乙車運転者前堀は、本件事故の翌日警察官の取調べを受け、「自分は第一種原動機付自転車の運転免許しか有していないが、事故前から、第二種原動機付自転車である乙車を第一種原動機付自転車であるとばかり思つてこれに乗つていて、事故の時は城山マーケツトの近くにある被告国雄の倉庫へ行つての帰り途であり、本件交差点を右折して知人の所へ寄るつもりであつた」旨供述しており(〔証拠略〕)、被告国雄においても、事故の翌日警察官から道路交通法違反の被疑者として取調べを受け、「前堀には主として菓子を運ぶダツトサントラツクの助手の仕事を与えていたが、事故前、二、三回は同人に乙車で小さな荷物を運ばせたこともあり、同人の休暇は毎週日曜日であつた」旨供述している(〔証拠略〕)。しかるに、本件口頭弁論期日において、右前堀は、「本件事故の態様については警察官に話したとおりであるが、乙車に乗つたのは事故当日が初めてであり、当日は城山マーケツトの近くにある被告国雄の倉庫へ行つたのではなく、友人の所へ遊びに行くために被告国雄、同国忠らに無断で乙車を持ち出して乗つたものであり、この点警察官に対する供述は気持が転倒していて何を話したかわからない」旨供述し(〔証拠略〕)、又被告国雄は、「事故の前前堀に乙車で荷物を運ばせたことはない」旨供述し(〔証拠略〕)、それぞれ前言をくつがえしている。さりながら、前堀は事故後現行犯人逮捕をなされた形跡もなく、取調べも事故の翌日であり、気持に動揺を来していたことが事実であるとしても、事故の状況については正確に供述し、これに至る経緯の説明が滅裂になるということはいかにも不自然である。

被告国雄の警察官に対する前記供述に徴しても、事故当日前堀が休暇日でなかつたことは明らかで、これと事故発生時刻(午後〇時七分)および前記被告国雄自身の供述内容の変化を総合して考察すると、右前堀の警察官に対する供述こそ利害打算を離れて真実を語つているものと解するのが至当である。これに反して、前堀の乙車運転が被告国雄の業務とは無関係な単なる私用のためのものであつたことを証するに足る措信すべき証拠はない。よつて、被告国雄のこの点に関する自白の撤回は認められず、同被告も原告主張のとおり本件賠償責任を有するものといわなければならない。

四  原告の損害

(一)  原告の受傷ならびに治療経過と将来の治療費

原告の受傷名ならびに治療経過は原告主張のとおり(請求原因三の(一)の1、2)である。(〔証拠略〕)

〔証拠略〕を総合すると、原告は、脳挫傷の重症を負つた結果、未だに半身不随の病人になり、常時臥床して医師の投薬を受けているが、右症状は既に固定化しており将来回復する見込のないことが認められる。それだけに又原告としては終生薬剤と無縁になることは(投薬の効果の有無は別として)ないものと推認することができる。しかしながら、いわゆる療養費(薬代を含めて)が月月幾何の額に達するものであるかは、退院後のそれが漸減している点からしても極めて不確なものといわざるを得ず、単純に過去七カ月間の治療費の平均値をもつてその見込額となすことはできず、これに関する適確な資料はない。それ故、右事情は、後記慰藉料の算定に当り考慮するのが相当である。

(二)  逸失利益 二〇五万五、九〇〇円

右算定の基礎となる事故当時の原告の職業、収入は原告主張のとおり(請求原因三の(二)の1、2)であり、他にこれを左右するに足る証拠はない。(〔証拠略〕)

なお、右証言によると、原告は不動産売買仲介業の会社の従業員になつてから約三年経過しているに過ぎないこと、事故前は健康体であつたこと、健康で老練な七四才位の人が現に右従業員として勤務していることが認められるので、これらを考慮して、原告の就労可能年数は政府の自動車損害賠償補事業損害査定基準の「就労可能年数とホフマン式計算による係数」に準拠するのが妥当であると認めてこれに従つた。

算式

三五〇、〇〇〇×五・八七四=二、〇五五、九〇〇

(三)  慰藉料 三〇〇万円

右算定の基礎として、先に認定した将来の療養の必要性のほか特記事項(請求原因三の(三)の1ないし4)を認めてこれを算定した。(〔証拠略〕)

五  過失相殺

被告会社は本件事故の発生につき原告にも落度があつた旨主張しているけれども、本件全証拠をもつとしても原告に過失があつたことを認めることはできない。

六  損害のてん補

原告自認のてん補額一六〇万円を右認定の損害合計額から控除すると、その残額は三四五万五、九〇〇円になる。

七  結論

以上の次第により、被告らは各自原告に対し三四五万五、九〇〇円とこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四二年三月二八日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求につき、右の範囲においてこれを認容し、これを越える部分は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村行雄)

現場図面

〈省略〉

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